建国記念の日

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日本の紀元

ご存じでしたか?
2月11日を「建国記念日」ではなく「建国記念の日」ということを。
かなり以前から、疑問、質問が挙がっていたようですが、不勉強ながら、私は全く知りませんでした。
確かにカレンダーには「建国記念の日」とあります。

「建国記念日」を戦前は「紀元節」と言って、神武天皇が即位した、2月11日を日本国が生まれた紀元とした日本書紀に由来しています。

「神武・綏靖・安寧・懿徳・孝昭・孝安・・・」
父は小学校で習ったという歴代天皇の名を歌うように暗記していましたが、さすがにこんな日本人は少なくなったことだとおもいます。

敗戦後、紀元節を廃止させたのはGHQです。
紀元節を祝うことで、再び天皇中心に国民が団結し、アメリカに歯向かうことがないように、神国日本が再現しないようにという考えから廃止されたのです。

紀元を決めるのにも、いろいろな考えがあったようです。
聖徳太子が17条の憲法を定めた時。
サンフランシスコ講和条約が結ばれた日にするとか様々な意見があったようです。

なかには、「日本の正確な起源などわかっていないのに建国記念日など定められない」など専門家による多くの議論もあったようです。

この点はっきりしている国もあります。
アメリカは、イギリスから独立を勝ち取った日「独立記念日」
フランスは、フランス革命が起きた日「パリ祭」
中国は毛沢東が、革命を起こした「国慶節」等々

「の」

戦後になって、さすがにこれは違うだろう・・・神話(神武天皇は実在しないという説もあります)を現実のものとすることはできない。

神話の世界は検証できないが、かといって正しい日本国の誕生日を実証する根拠もありません。
そこで、「建国」として、国ができたという決定的な日限をさすことは避け、国土があり、今日まで存在していることを祝う日、とすることで「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」と「の」が入るようになったのです。

日本の国土・日本人

日本は他国の侵略や支配を受けたことのない、固有の長い歴史のある数少ない国らしいのです。
らしいというの、もそもそも私は日本人でありながら、歴史をよく知らない。
知ろうとしない、哀れな国民であり、幸せな国民でもあると思います。

戦争で大敗し、国民が焦燥しきった時期もありました。
けれど今日現在、他国の侵略も受けず、大きな差別や飢餓もなく、豊かな毎日を営んでおります。

1ドルが250~280円だったころ、アメリカ、フランス、イギリスへ行ったことがあります。
そこで私は日本には人種差別や階級差別がないことを初めて知りました。
小市民であるから気が付かないのかもしれませんが。

アメリカで、私は人種差別されたことを感じたことがあります。
公園だったと思います。ベンチで煎餅を食べていました。
すると、その端に座っていた白人の女性がじっと私を見ているので、煎餅の袋を差し出したのです。(イッショニイカガデスカ?)
すると、彼女は、怖い顔で私をにらむと、何か言い捨てて行ってしまいました。

訳が分からずいると、通訳が、音を立ててものを食べるな!(煎餅の)匂いが気持ち悪い・・
とか言っていました。と教えてくれましたが、煎餅ではなく有色人種の私が臭い!と言いたかったのだと、とっさに理解しました。

フランスやイギリスには、アッパーとロウワーと呼ばれる階級差があることも知りました。

戦後、民主主義国家となった日本には、このようなあからさまな差別はないと感じているのは、自分に差し迫った社会問題に遭遇していないからなのでしょう。

立ち止まる

そもそも日本史は近代を重点的に教えるべきではないかと思っています。
古代も中世も、江戸時代も大切でしょうが、他国と交わることの無かった社会では、自国の立ち位置を理解できません。

古い起源をもつ日本国民として、長い歴史の中で育まれた世界観を大切にしながら、複雑に絡み合った世界とのかかわりを意識しなくてはならないと思います。

建国記念の日は、日常の煩雑さからちょっと立ち止まり、積み上げてきた過去と、つくり考上げてゆく未来を考える日とすれば、何より価値ある記念日ではないでしょうか。

ミャンマーの問題しかり。香港やウルグイの問題。アメリカの差別社会。
平和な日本にいて、不公平で歪んだ世界に身を置くこともなく、生きてゆける幸せをしみじみ考えさせた「の」の存在でした。

国土があり、豊かな歴史ある日本国の存在を、日本人であることを、誇りに思った「の」でした。

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