正月の飾り物をつくる前に

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好きだけでは作れない正月の飾り

正月の行事は神事である。一つ一つに言われがあり、神様に奉納するために、作られるものです。
ハンドメーカーとしては、せめて正月ぐらいは、心身を清め、邪念を払ってとりかかろうとするのですが、ややもすると、売れるか、売れないか、利益が出るか、出ないかの尺度で事を運んでいることに気が付きます。
好きなように物づくりをしたものが、売れた結果、利益が生ずる。
素直にうれしい。
もっと言えば、自分が社会に認めてもらえたかのような充実感に、さらなる喜びを感じます。
そしてこれが、次の創作意欲につながってゆきます。
だから、物づくりは楽しい。
ハンドメイドの根幹はここにあるのではないか。少なくとも私はそう思います。
しかし、神事に通ずる正月の物づくりに、好きや嫌い、儲かるか否か、そんな下心をもって接してよいのでしょうか。

伝統や格式

皇室はもちろん、神社仏閣はこの伝統を忠実に守り伝えてきているからこそ格式があります。
ありがたい存在です。
しかし、生活のリズムが全く異なる我々は、その伝統を忠実に守ることはできません。
もっと言えば、形だけを踏襲しているのにすぎないのかもしれません。
卑近な例を一つ上げれば、正月飾りを販売していると、「去年の飾り物があるからいらない」とおっしゃるお客様が少なくない。
かたや販売するほうも「来年も使えますから・・・」
どっちもどっちなのですが、そもそも正月の飾り物が、本来どんな意味があって、今日まで伝えられてきたかなんて、双方の接点には関係ないことなのでしょう。
正月飾りに稲穂がついていることの意味。うらじろの意味、門松に松や竹を使う意味、いや
門松の意味さえ分からない人が多いのではないでしょうか。
ハンドメイドの良いところは、ハンドメーカーと、消費者が直に接点を持てるところです。
日本の伝統を、私はこんな形で表現してみました。
これにはこんな意味があるのですよ。
こんな会話ができるのが、ハンドメイドの商品なのです。
ハンドメーカーだからこそ伝統を理解し、知識を深め、消費者に日本の心を伝える伝承者になりえるし、なりたいと思いませんか。

そうと決まったら

正月用品の部材を手に入れるのは、それほど難しいものではありません。
クリスマスと同様、花屋や手芸用品店の店頭にあります。
デザインもそう凝ったものでなくて良いと思います。
儀式のものですから、伝統が踏襲できる範囲で良いと思います。
大切なことは、打算的にならないことです。もちろん原価無視はいけませんが、ここ一番のポイントを欠かさないことです。
次に大切なことは、季節限定の商品ですから、ほかに転用できる余地を残しておくべきです。
デザイナーとしての腕の見せ所です。
最後に、丁寧に作ることは、何より大切です。
量産するあまり、手が汚くなることは、同じくハンドメーカーとしてなんとも情けない思いです。
我々は下請け業者ではないのです。
プライドを持ったデザイナーなのですから。

毎日が楽しいハンドメーカー

日本には四季があり、季節ごとに歳時があり、次々に湧いてくるイメージを書き溜め、材料を集めている時のなんと楽しいことか。
そう! 素敵なものにであったら、手に入れておくべきでしょう。
いずれ、とんでもない素晴らしいイメージと、合体するときがあるからです。
ハンドメーカーなら、人と違うものを作りたいとは誰もが思うことなのですが、これは案外難しい。
私は良く百貨店を見て歩きます。
アイデアのヒントがたくさん落ちています。
何より、素敵なものが多い。ハンドメイドと、どこが違うか・・・いつもそう思いながら回っています。
完成度なのかでしょうか?
分業でしょうが、それぞれにプロの技があります。
反対にハンドメーカーの多くは、素材選びから完成まで、ほとんど一人でこなします。
その中の不得手の部分が克服されないと、完成度が著しく下がります。
来年の正月までまだ時間があります。
先ず不得手の部分を解消し、正月の伝統と行事を勉強してから、すがすがしい気持ちで作りませんか?
販売商品に説得力が付きます。

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